さっきの続きの夜景写真を3枚続けて。左から右へ、伊丹空港~梅田~南港~西宮方面と移ってゆく夜景です。
帰ってきた Windows XP じゃないの?"
— コメント: Windows 8は2012年にリリース? - スラッシュドット・ジャパン (via wideangle)
(yaruoから)
電話の声が素敵だね、とか
笑った皺がかわいいね、とか
お茶碗の洗い方が丁寧だね、とか、
ほんとにもうなんでも、どんな小さな、ささいなことでもよくて、
「他人」という目線でそのひとの素敵なポイントを見つけて、
言葉にして手渡してあげることだと思っています。
ひたすら相手のいいところを見つけて言葉で肯定し続ける、
その積み重ねは自信になって、その自信はわたしがいなくなっても
わたしの大切なひとをつらいことから守る盾になってくれると思っています。
—
こういう考え方が欠けていた。
(via takaug)
(via diegoro)
(via yaruo)
(via vichy)
(via reretlet) (via lunaryue) 2009-03-19 (via gkojay) (via subdub) (via jickdacco) (via cumicoco) (via tagumayu) (via benitishfindart) (via majoxmajo, picapixels)
(via lily————)
(via chartreux)
(via edieelee)
一回目。
初対面だったが超美人が似た仕事をしていたこともあり、話はとても弾んだ。
その昼飯時の僕は冴えていて客観的に面白い話は提供できていたのもあるが、超美人が向こうからやたらと目を合わせてくる。普通は目が合ったらしばらくしたら離す、というのを日本人なら無意識にやってると思うんだけど、そうじゃなくて明らかに長時間。僕は僕の感覚で視線があったあとしばらくして視線を外し、さらに次のタイミングで超美人をみたりするわけだけど、そのときにまだこちらを見続けているくらい長時間。やたら長い。
さらに会話だから常に最高に面白い話ができる訳ではなく、「これを言ったら小~中笑いくらいだろうなー」と思いながら喋ることが多々ある訳だけど、そういうレベルの話でも超美人はすごい強度の笑いと長時間視線を返してくる。
実際他の二人は微笑くらいで止まっているにもかかわらず「増田君おもしろーい!」と言いながらすごい大声で笑う。なにしろ昼食の次に行った喫茶店で店主から「他のお客さんもいるから静かにしてください」とわざわざ注意を受けたくらい。
個人的には楽しかったけど彼氏もいるし、こちらから誘うつもりはなかった。しかし帰宅数十分後にメールが来て、明日のみに行きましょう、とのこと。超美人はもともと友達Aと飲みにいく予定だったらしく、それに参加してくれと。3人で飲みに行くことに。
二回目。
店を変えながら4,5時間飲んだわけだけど、このときも相変わらず長時間視線と高強度笑いは繰り返してくる。また会話の端々に「増田君なんでこんなに面白いのw?」「お腹いたいーww」「すごい楽しいね!私たち気が合うね!」みたいなセリフをガンガン入れてくる。そして帰りのタクシーでちょっとボディタッチしてみると、同強度のボディタッチを返してくる。
こっちとしてはこの時点で「あーオレに惚れてんな」という感想。
5回目。
この日から明らかに視線も笑いも減少。普通に友達3人で飲んでいるくらいの盛り上がりで、まあ楽しいんだけどそれだけ。帰りのタクシーで座る位置も明らかに遠い。
6回目。
向こうからのアプローチは全くなく、こっちから色々振ってみるけど反応ナシ。帰り道で手を繋いでみたが振り解かれはしないもののすごく硬い。帰宅後にダメ元で「今日は有難う!今度は二人で飲もう!」みたいなメールを送るも返信ナシ。
7回目。
もう会わなくてもよかったんだけど、その日は6回目より以前から遊ぶことになっていた。超美人と友達Aがゲームを教えて欲しい、とウチに来た。僕の友達C(男)も含めて4人で遊ぶことに。
僕と友達Cが教師役でいろいろ教えたのだが、超美人の振る舞いが興味深かった。
超美人は、Cの説明に大いに頷き、長時間視線を駆使して、まるでアプローチしているみたいだった。Cも「やたら目があってドキドキした」と言っていた。ちなみに僕には普通の友達と目が合う程度よりも目が合う回数は明らかに少なかった(これは迫ってくる男を袖にする態度として妥当)。
つまり超美人はそういう人間だと思った。
初対面の男には言い寄るような態度を取って近づき、距離感が丁度よくなったところで留めるシステム。最大のメリットは味方を大量に作れることか。あのデカイ両眼で見つめられて敵になる成人男子はいないだろう。
だがいったん距離感が固められると、僕からの影響なんて全く受けてなかった。
— 超美人に学ぶ超スゴイ恋愛テクニック (via tsundere) (via 00a) (via kojiroby) (via otsune) (via gkojax, shibata616)
2009-10-25 (via gkojay) (via petapeta) (via yaruo) (via mxcxrxjapan) (via hsmt) (via kazcorp) (via coolsurf)
1.タイで王室を傷つける
タイでは君主制をとても重んじています。王室の名誉を少しでも損なうようなことがあれば、相応の高いツケを払わされます。
国外追放されている57歳のスイス人のオリバー・ジュファーさんは、ちょっと酔っ払ってしまったときに、ラーマ9世の肖像画を汚してしまい、タイ裁判所から不敬罪として懲役10年の判決(最高75年のうち)が下されました。その後ラーマ9世自身によって減刑されたそうです。
2.ドバイでいちゃいちゃ
厳密に言えばドバイの観光地で手をつなぐことも違法になります。2008年にはビーチでキスをしたイギリス人カップルが逮捕されて問題になりましたが、男女が本能のまま行動すると思わぬ文化の壁が立ちはだかることになります。
3.ブータンで喫煙
この小さなヒマラヤの国にタバコを持って入るだけでも100%の税金が課されます。公共で喫煙をするとさらに225ドル(約1.8万円)を支払うことになり、もしタバコを売っているところを捕まるとブータンの刑務所に入る可能性があります。
4.シンガポールで落書き
シンガポールは町を汚すことへの罪が重く、落書きだけでなく、ゴミのポイ捨て、交通規則違反、トイレの流し忘れなども違法となります。18歳のアメリカ人マイケル・フェイが落書きをしたときも同様で、彼は罰金、刑務所、そしてムチ打ち4回の刑が科されました。
5.イランでロマンス
イランの法律ではムスリム以外の男性がムスリムの女性と関係を持つことを違法としています。めったにないものの、欧米人でその類の逮捕者が出ているようです。当然捕まるとイランの刑務所で数年を過ごすことになります。
6.エルサルバドルで武器を所持
中米の国エルサルバドルで銃犯罪を規制するために出来た法律のようですが、銃の所持に対するライセンスに関して非常に厳しく取り締まっているようです。旅行者でこれに違反して拘束されている者がおり、これを破ると刑務所も必須です。
7.インドネシアで麻薬
インドネシアでなくとも麻薬の密輸を行うことはかなり愚かな行動ではありますが、インドネシアは世界でも特に麻薬の取り締まり方の厳しい国です。出身国を問わず、銃殺による死刑が科されます。
8.インドで牛を殺す
ヒンズー教の世界で牛を崇めるというのは誤解のあるコンセプトのようですが、実際に死なせてしまうことはインドのいくつかの州で違法となっており、憲法にも牛の保護が盛り込まれています。牛を殺めてしまうと重い罰金と最高5年の禁固刑が待っています。
9.スーダンでクマのぬいぐるみに「ムハンマド」と名付けること
教師のジリアン・ギボンズさんは痛い方法でこのことを知ることとなりました。彼女はクラスのマスコット的ぬいぐるみの名前をスーダンの生徒に選ばせたのですが、「ムハンマド」という名前が選出されたことにより、彼女は刑務所に入ることになりました。裁判では40回のムチ打ちはなんとかまぬがれたものの、緊張した中、釈放されるまで8日間拘留されました。
参照:テディベアに名前を付けた英国人女教師が逮捕、鞭打ち40回の恐れも
10.トルコで古美術品の売買
自国に持ち帰るためのトルコのお土産を見つけたとします。それがもし「アンティーク」のカテゴリーに入ろうものなら、そしてそのための正式な書類を持っていないとなると、刑務所行きのために出国が遅れることになります。
11.サウジアラビアで酒の摂取
サウジアラビアでは公式にアルコールの消費が違法となっています。ただし場所によって外国人がそのルールを曲げることを容認されていますが、ムチ打ちの公開処刑を避けたければ、あるいはアル中を治したいなら、一切触れないのがいいでしょう。
12.アメリカで不法侵入
当然ながらどこの国であろうと他人の家への不法侵入はいけないことです。不法侵入に対する罰は大抵の国にありますが、アメリカの場合は各家庭に銃をがあるため、警察が来るより前に自分の命の命運が決してしまうことが多いのです。
— らばQ:うっかり海外でやってしまうと人生が終わりかねない12の罪 (via edieelee)
(s-hsmtから)
2chより
240 :おさかなくわえた名無しさん :sage :
今日、思いだしたので投下。
12~13年前に我が家に来たアメ留学生が「侍」マニアで日本大好きな大学生だった。
結構、日本語も達者で家にいる時は冬なのに自前の浴衣を着る人だった。
夕食の時、太平洋戦争の話になって浴衣外人が特攻隊について
「特攻隊の人は死にたかったんじゃなくて親、兄弟を守るため
死ぬのは嫌だったけど死を選んだんですよね」って質問してきた。
家族全員、どう答えていいかわからず黙っていたら、祖父が、
「嫌だの死を選択したのだのとかじゃないんだよ。命をどう使うか
考えた末の事なんだよ」と浴衣外人に話した。
あまり、口数が多くない祖父だったし、記憶が定かではないけど、
ほとんど家にホームステイに来たアメ留学生とも会話してなかったが
祖父の言動にちょっと戸惑ったけど、何かを感じたのかごはん食べながら泣いていて、
次の日から帰るまで、祖父べったりになった。
俺はちょっと嫉妬したけど、帰る間際に親日を誇っていた彼が
「日本の心に少し近づいたような気がします」と言い残して帰って行った。
その浴衣外人から祖父の命日に毎年はがきが来て、
祖父が言った言葉をつたない日本語で書いてくる。
「命はどう使うかがたいせつ」この文章が一昨日届いた。
胸が熱くなったので投下した。反省はしない。



